銀照華の夜
満月の夜に出かけよう。
パパやママには内緒。
お休みなさいのキスをして、いつもの様に二人でベッドに潜り込んで、時計が12回鳴るのを待つの。
お昼寝をいっぱいしたから大丈夫。絶対に眠くならない。
ボーン、ボーン、ボーン……
間違えないように声に出して12回。
お気に入りの色違いのドレスに着替えて、昼間のうちにおやつをいっぱい詰めたバスケットを手に持った。
「そっとね」
「わかってる。そっとよ?」
ドアを開けると真っ暗な廊下。
誰も居ないのを確認して、静かに玄関へと向かう。
鍵を外して外へ出る。
「わあっ……」
「おっきい」
空には丸い月が輝いていた。
窓からしか見たことがなかった銀色の光を放つ月は、少しだけ怖かった。
「……いくよ」
「うん」
ぎゅっと手をにぎれば怖くない。
早く銀照華の処へ行かなくちゃ。
誰も居ない道を、森に向かって歩き出す。
いつも見ている風景が、藍色に染まって、フェアリーテールの世界にいるみたい。
「素敵ね」
「うん、素敵」
ざくざくざくざく
野道を歩いて森の真ん中。
ぽっかりと丸く切り開かれた場所に銀照華はあった。
「まだ咲いてないね」
「これからよ。さあ、ティタイムの準備を始めましょう」
胡桃入りのスコーンに干しぶどうと野苺のパウンドケーキ。クッキーとお茶の代わりの甘い炭酸水を取りだす。
仕上げに泡立てた真っ白なクリーム。ジャムと蜂蜜も忘れずに。
バスケットの中の沢山のお菓子が、ピンクの小花模様のシートの上に広げられた。
「やっぱりママのケーキは美味しいね」
「世界で一番よ」
窓のようにぽっかりと開いた空から銀色の光が降りそそぐ庭。
甘い香りに包まれて、まるで二人が甘いお菓子のようになった頃。
銀照華の花弁が開き始めた。
「見て、咲き始めたわ」
「本当、咲き始めたね」
満月の銀色の光に照らされた銀照華。
禽鳥が翼を拡げる様に、銀色の花弁がゆっくりと開いてゆく。
透ける様な純白の花弁が開き切り、辺りにえもいえぬ甘い香りが拡がった。
それは媚薬のようなお菓子のような、瑞々しい少女を思わせる婀娜めく香り。
「――準備はいい? ベス」
「大丈夫よ、リズ」
二人手を繋いで銀照華に身を捧げる。
+ + +
満月の夜に咲く銀照華。
甘いクリームと砂糖の匂いのする少女を糧に成長する。