[ 空白地帯 ]




怜子が死んだ


その連絡は深夜にも関わらず真っ先にわたしの元へともたらされ
それから学校へと伝えられた
交通事故だった


翌朝
わたしを含めたみんなは学校に行き
何度聴かされたか判らない彼女の死に際を
悲壮に語る先生の声にぼんやりと耳を傾けたていた


随分大きな事故だったらしく
即死だった彼女の身体は無残につぶれ、見る影もなく
ただ唯一、顔だけが綺麗なままで残っていたという
でも、
顔もつぶれて判別がつかなければ
怜子は行方不明のまま今もどこかで「生きて」いたかも知れない


斜向いにある怜子の席にはそっけない花瓶が置かれ、
安っぽい黄色と白の仏花が幽かに揺れていた
抽斗には英語の辞書と、
彼女の嫌いな古文と日本史と数学の教科書
そしてルーズリーフが入れっぱなしになっているのが見えた


本当なら怜子は、
今日も私の斜向いの席に座って、退屈そうに授業を受けていただろう
時折先生の目を盗んでは手紙をまわしてくれたり
夜更かししたといって居眠りをしていたんだと思う


でも今日は怜子の席に怜子がいない


お通夜の始まるまでの時間をわたしたちはぼんやりと教室で過ごし
時間が来たら、怜子の家までみんなで並んで行くだろう
誰もが静かに自分の席に座っていた


みんな怜子の話をしようとしない
ただ顔を背けて
彼女の席に触れないように
見ないようにしていた


四十九日が過ぎる頃
怜子の机は片付けられ
夏が過ぎる頃にはみんな
彼女の死を忘れてしまうのかも知れない
まるで初めからなかった事のように
彼女のいた場所に座ってしまうのかも知れない


空になった怜子の席に触った
昨日彼女が帰る時には確かに温かかったはずの椅子
何度触れても体温は残っていない
ただ冷たいばかりの椅子だった


帰りに約束した寄り道も
昼休みのお弁当交換も
今日の授業も
彼女が当たり前に受ける積りで用意していた事をわたしは知ってる


怜子と行く予定だったお店に、
怜子と行きたかった
怜子の作る卵焼きが好きだった
怜子が授業中に寄越す手紙が楽しみだった
怜子と一緒に帰りたかった


日常は絶えず、同じことの繰り返しだと思っていた


死んでしまう前に、話しておきたいことが一杯あった
わたしはなんて愚かだったのだろう
人の命がこんなにもあっさりと
消しゴムで消した落書きのように消えてしまうなんて
そんなこと、知らなかった


怜子、怜子、怜子、怜子!


怜子は今、何をしているだろう


怜子の死に顔は、明日を夢見て眠っているかのようだった
首から下は見ることができなくて
代わりに鉄錆に似た匂いが幽かに漂っていた


彼女は死ぬ積りなんてなかった
それをわたしは、絶対に忘れない




2006/01/03