金木犀の花は風に乗って降り落ち、世界を金色に染めた。


金木犀

 “まるであなたとわたしは、光と影のよう―――”
 そういったのは、あの子の方だった。
 あの時の出来事を思い出す事ができない。
 鉛色にひずんだ視界に無邪気な君がひどく輝いて映り、眩しさに眩暈がした。

 大好きな物を「好き」と、欲しい物を「欲しい」と素直に訴える、その残酷なまでの真直ぐさが羨ましくも、憎くも思えた。

 屹度わたしの心は醜いのだろう。
 人の成功を心から喜べない。いつも妬み、羨み……果てに憎しみを募らせてゆく。
 まるで呪いの様だ。

 わたしを縛る、わたしが鎖。


 闇の中を這うように進むわたしに、彼女は星の様に瞬き帳の様に道を塞いだ。
 彼女は屹度、わたしも多分無意識だった。

 離れたい、彼女の目の前から消えてしまいたい、彼女の存在をわたしの世界から隠して仕舞いたい。
 あの無邪気な、素直な、無垢な、わたしを苛み苦しめる、あの黒い瞳から。
 涼やかな声から、唇から。
 わたしに向ける笑顔から。

 消えて。

 彼女の笑顔を、わたしの意識から消してしまいたい。
 手も足も髪も爪も。
 わたしを更に醜く惨めにさせる、沢山の記憶を。
 そうしてわたしを苛む総てを、総てを、総てを!

 わたしは憎み、愛した。

 苦痛がいずれ、殺意へと代わるその時まで。
 その瞬間は、限りなく、彼女と同じわたしは清浄だった。


 細く白い頸へと両手を廻す瞬間。
 普段より高い体温。
 ドクドクと脈打ち、赤黒く歪んでゆく貌。
 汗ばんだ掌に吸い付く皮膚。
 乱れた呼吸に快感が気持ちよくて、更に力を篭める。
 震える手が、わたしの腕を掻き毟り、沢山の痣ができ血がこぼれた。

 引き攣った表情さえ愛しくて、仰け反った頤に死の口付け。

 空には金木犀の小さな花が舞って、わたしとあなたを金色に染めた。
 わたしの死は、この花よりも儚くていい。

 大好き。
 大好き。
 大好き。

 でも永遠にさようなら。もう一人のわたし。